仕出しの朝|赤身とイカを用意する時間
朝の静けさの中で、包丁の音がひとつ。
赤と白を並べる時間には、礼の心が宿ります。
仕出しの折詰〈花響〉──
その一折は、今日の始まりを知らせる合図。

松山では、赤と白がそろうことが“おもてなしの証”。祝いの席でも、法要の席でも変わりません。赤は誠意と生命、白は清めと安らぎ。昔からその二色に、感謝と礼の心が込められています。そのため、刺身の赤身とイカはどちらの席にも欠かせない組み合わせです。
マグロは、Yさんが選んでくれた豊洲のもの。前夜に届いた発泡箱を開け、冷気とともに広がる海の香りを確認します。光に透かすと、深い紅が包丁に映ります。赤身は厚すぎない一口サイズで。舌にすっと乗り、噛むとしなやかにほぐれます。横に並ぶイカの白に、包丁を入れると手にやわらかい抵抗が返ります。その手応えを感じながら、包丁を置きました。切り口の赤がわずかに艶を増し、盛り付けの手が進みます。
だし巻きの香りが奥から漂い、台の端では煮物の鍋が静かに沸いています。湯気の向こうで折詰の器が並び、ひとつずつ、赤と白が収まっていきます。光が強くなり、厨房の奥まで届くころ。ふたを開けたとき、「きれいだね」と声が上がるように。
〈花響〉の刺身は、礼の心が伝わる仕立てです。仕込みを終えるころには、窓の外がすっかり明るくなっていました。次の折詰を届ける準備に、手を伸ばします。

